「こちらですわ」

11月の夜、8時半頃だったでしょうか。暗くなった駅前、ほんの少し駅から離れたバス停で列に並んでいたときのことです。やって来たバスには近所の遊園地から帰る人たちがたくさん乗っていて、その人たちが順々に降りるのを私たちは待っていました。この辺りのバスでは降りる扉が車体中央に、乗る扉が前にあります。中央の扉からの人たちがほとんど降り終えようという頃に前の扉が開いて、乗る私たちの列は少しずつ短くなっていきます。私も列に歩調を合わせて歩いてまさに中央の扉の前を通り過ぎる……そんなときに、少し降り遅れてしまったカップルが、そこから出て来たのです。

「こちらですわ」

そう聞こえて耳を疑ってしまったのですが、なるほど、状況は明らかでした。先に降りた集団はもうその2人からはもう見えなくなっていて、駅舎は扉を出て左やや後方の、バスの車体に隠れたところにあります。2人のうちの一方はどちらに進んだものかと逡巡し、もう一方がその手を引いて正しく導いたのでした。

この瞬間のことは4か月経った今でも、こうして、ふとしたときに思い出します。駅から帰りの日常が非日常と交わった感覚が鮮烈だったからです。